ジャン黒糖の映画あれこれ

【予習編】『シン・ゴジラ』公開!私にとっての”ゴジラ”とは、特集![前編]

【予習編】『シン・ゴジラ』公開!私にとっての”ゴジラ”とは、特集![前編]

【予習編】『シン・ゴジラ』公開!私にとっての”ゴジラ”とは、特集![前編]


どうも、ジャン黒糖です。

今回ご紹介するは、日本でシリーズ12年振りに作られた超話題作『シン・ゴジラ』公開!私にとっての”ゴジラ”とは、特集!です!

まずは予告編をどうぞ。

今年、日本製ゴジラおよそ12年振りの最新作『シン・ゴジラ』が作られ、上映前からかなりの注目度をもって公開、ネットでは大変評判となっている。

興行的にも日本版で前作にあたる、2004年にゴジラ生誕50周年の節目に公開された映画『ゴジラ ファイナル・ウォーズ』(シリーズ28作目)がシリーズ累計観客動員数1億人突破を目指し意気込んで作られたものの、わずか及ばなかった記録を、今回の『シン・ゴジラ』大ヒットにより、遂に1億人突破の大台をあっさりと突破し、公開2週目にして前作の2倍の大ヒットを記録した。

1954年にゴジラが誕生して62年、いまだにこうして話題を呼び、ヒットを記録しているのには、いちゴジラファンとして大変嬉しく思う限りだったりします。

そこで今回は『シン・ゴジラ』について語る前に、その前談として62年の歴史の中で私にとってゴジラとはどういう作品だったのか、そして『シン・ゴジラ』の誕生についてどう思うか、語りたいと思います。

ゴジラとの出会い

いまでこそ趣味といえば映画と公言して止まない私ですが、映画好きとなる元々のルーツは『ホーム・アローン』であり、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』であり、スピルバーグであり、ジャッキー・チェンであり、そしてゴジラでした。

90年生まれの私にとってゴジラといえば『ゴジラVSビオランテ』をはじめとする、いわゆる”平成ゴジラシリーズ”世代にあたり、毎年ゴールデン洋画劇場などでゴジラを観てゴジラの世界観に完全にドハマりしました。
幼少期には誕生日やクリスマスのプレゼントには「ゴジラの人形が欲しい!!」とか「動くモスラ幼虫のラジコンが欲しい!」と願っていたものです。
(結局モスラの幼虫は3万円もする上に、そこそこなサイズ感の幼虫に親が引いて当然買ってはくれませんでしたが…笑)

ただ、そんな自分に触発されてか、父親(初代ゴジラ誕生と同じ1954年生まれ)もグッズを集めるのにハマってしまい、自分がゴジラやガメラに熱狂すればするほどグッズも増えていきました。
先日久しぶりに実家に帰った際には、いまでは夫婦2人暮らしていることもあってか、大半のグッズは屋根裏・クローゼットにしまったみたいですが、それでもいまでも実家の廊下にはゴジラグッズがいくつか飾ってあります。


屋根裏・クローゼットにはこれらの10倍ほどが眠っているという…。笑

今年、12年ぶりに日本版ゴジラが作られるにあたり、なぜあんなにもハマっていたのか振り返ってみたのですが、考えてみると”平成ゴジラシリーズ”は私にとって「映画を観るワクワク感」の原初的体験だったのだと思います。

ゴジラの各シリーズの大まかなイメージは後述しますが、1984年版『ゴジラ』から『ゴジラVSデストロイヤ』にいたるまでのいわゆる”平成ゴジラシリーズ”には、SFとしての面白さ、人類にとって敵でもあり味方でもあるというゴジラ像、翻弄される人々のヒューマニズムなど、映画を観る上で幼いながらにも思わずワクワクせざるを得ない、とても絶妙なバランスの、正に子供から大人まで楽しめるエンターテイメントでした。
そのため、幼少期の映画体験においてゴジラは「映画って面白い!!」と興奮せざるを得ない、欠かすことの出来ない大切な要素になっていきました。

ただ、1995年、自分が5歳のときに公開された『ゴジラVSデストロイヤ』が「ゴジラの終わり」を描き、小学校入学間近の自分にとって、劇中的にも”平成ゴジラシリーズ”的にもゴジラの最後はとてつもない消失感を受け、以降作られる”モスラ三部作”や”ミレニアムゴジラシリーズ”などの特撮映画はもちろんのこと、ポケモンやワンピースなどを含め、アニメを見る≒子供騙し、と勝手に決めつけて大人びるようになりました。

『〜デストロイヤ』以前と以降で自分は”幼少期”を卒業する境目を迎えたのです。笑
(ただ、”平成ゴジラシリーズ”が終了した翌年から始まった”平成ガメラ三部作”によって失われた興奮は一瞬にして取り戻され、以降続く”ミレニアムゴジラシリーズ”も毎作欠かさず劇場で観てたんですけどね笑)

時代と共に移り変わるゴジラ [前編]

便宜上、日本のゴジラシリーズを4つのシリーズ構成に分けますが、各シリーズの中でゴジラの姿は様々なイメージによって変化してきたのも、この60年以上に渡るシリーズにおける人気の大きな特徴といえます。

以前、007シリーズの予習編記事内でも、50年以上続くシリーズの主人公・ジェームズ・ボンド像の変化を日本のゴジラに重ねて軽く触れましたが、長寿シリーズというのは、主人公像を常に時代性にフィットさせて存続させる苦悩の歴史ともいえると思います。
ここでは、そんなゴジラの各シリーズにおける特徴について触れようと思います。

すべての原点、記念すべき第1作『ゴジラ』1954年版

1954年に作られた、記念すべきゴジラ1作目。
この話は、様々な時代背景と重なって生まれた発想から作られた作品でした。


『ゴジラ』公開当時の予告編。

特撮監督を務めた円谷英二は、東京大空襲の際にクジラや大ダコが東京を襲う特撮映画の着想を得たといいます。
プロデューサーの田中友幸は、同年に起きた事件”第五福竜丸事件”に着想を得て企画を立てました。

”第五福竜丸事件”とは、1954年にマーシャル諸島近海のビキニ環礁でアメリカ軍が行なっていた水爆実験にマグロ漁船・第五福竜丸が巻き込まれ、乗組員全員と、捕獲していた魚すべてが被爆した事件で、水爆実験を行う上で当初見積もっていた危険区域外でも被爆の危険性があることが明らかとなり、この事件を受けてここ日本では反核運動が広まっていきました。

これらの企画が重なり、本編監督を務めた本多猪四郎と3人で話し合った結果、この映画を単なる荒唐無稽な特撮映画に終わらせず、海底に眠っていた恐竜=ゴジラが水爆実験の影響で突然変異を経て蘇り日本を襲う、という非常に現実世界に根ざしたストーリーとなりました。

広島・長崎の原爆からわずか9年、第五福竜丸の被爆事件と同年に公開されたこの映画は、当時の観客にとって当然ながらかなりの衝撃を受け大ヒット。

ところが評論家の多くは「ゲテモノ映画だ」として、否定的な意見が多かったといいます。
それでも一部の観客・著名人からは彼らが作品制作として意図した「原爆の恐ろしさ」という問題意識に対して、非常に良く描けていると絶賛、海外でも大評判となり、本作のいまなお続く評価の高さは、いわば逆輸入的に高まっていきました。

この『ゴジラ』第1作目の大ヒットを受けて早速翌年には『ゴジラの逆襲』が作られ、以降シリーズは62年に渡って続くこととなりました。
最新作『シン・ゴジラ』を除いて、各々の作品と連なりは無くとも、少なくともほとんどすべてのゴジラ作品は、この1954年に作られた『ゴジラ』と何かしらの関係がある前提で作られています。

それも、『ゴジラ』第1作目のラストで、海底で死滅するゴジラを見た山根博士(演じるは名優・志村喬!!)のこの一言があったのが、後の計り知れない影響に繋がっていると思います。
シリーズ化を意図してかどうかまでは定かでないですが、シリーズ1作目としてこれほど最高のセリフは無いですよ。

「あのゴジラが最後の一匹とは思えない。もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない…」
『ゴジラ』(1954)より、山根博士。

子供たちのヒーローへと変貌する”昭和ゴジラシリーズ”

第1作目の大ヒット以降、翌年には『ゴジラの逆襲』が公開され以降続く”怪物同士の対決”がひな形として出来上がり、1962年にはハリウッドとのライセンス提携のもと、『キングコング対ゴジラ』が作られ、1964年には同じく東宝の人気怪獣”モスラ”との夢の共演となった『モスラ対ゴジラ』が公開、シリーズは大ヒットを連発しました。

ゴジラ1作目が公開されるまでの東宝の経営状況は悪く、『ゴジラ』1作目の大ヒットは会社を立て直すにまで至り、続く作品以降も大ヒット。
特に海外でもヒットをしたことがシリーズ繁栄の要因として大きかったといいます。「”ゴジラ”は海外に輸出しても外貨を獲得出来るコンテンツとなる」と確信した東宝は立て続けに続編を製作しました。


『キングコング対ゴジラ』予告編。本作は邦画史上歴代2位の観客動員数を誇り、その記録は未だ破られていません。

しかし、1作目が内包していた現実世界への警鐘の象徴としての”ゴジラ”という要素は徐々に薄れ、シリーズの主人公としてゴジラは徐々に人類にとっての味方として描かれるようになり、作品も社会性以上に、娯楽性の強い内容へと変化していきました。


『三大怪獣 地球最大の決戦』予告編。本作以降、徐々にゴジラは人類の味方としての側面が強くなっていきました。

個人的に”昭和ゴジラシリーズ”の中でも好きなのが『ゴジラ対ヘドラ』です。
時代的にはちょうどThe Beatlesの「Spring Feelds Forever」が代表するように、サイケブームの真っ只中、本作でもサイケな色合い・音楽の謎のオープニングで始まり、ゴミ問題に起因するヘドラという、社会問題をストレートに体現した怪獣を相手にゴジラが戦う、”昭和ゴジラシリーズ”中でもダークな色合いの強い作品です。


『ゴジラ対ヘドラ』予告編。ゴジラが空を飛ぶコトでも話題となった、異端な要素の多い怪作。

世の中的にも60年代・70年代といえば、家庭テレビが普及し始め、人々の娯楽嗜好に変化が起き始めた時代で、日本映画産業は斜陽の時代と云われていました。

それに伴い、東宝としてもゴジラというコンテンツそのものにいくら外貨獲得の旨味があるとはいえ、あまり制作費をかけられるような状況ではなくなり、”東宝チャンピオンまつり”として複数のテレビ映画と抱き合わせで公開、制作費も上映時間も縮小していきました。

そしてその結果、1975年に公開された『メカゴジラの逆襲』がシリーズ史上最低の観客動員数を記録し、”昭和ゴジラシリーズ”のこれ以上の存続は厳しい状況となり、休止期間に入るようになりました。

はい、ここまでゴジラの予習と称して個人的なゴジラについての思い入れやゴジラ過去シリーズについて振り返ってまいりましたが、あまりにも長くなってしまったため、、、(笑)、いよいよ確信に迫る「私にとっての”ゴジラ”とは」については後編にて!!!!!

ではでは〜。


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