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[予習編]M・ナイト・シャマラン監督最新作『ヴィジット』特集!【前編】

[予習編]M・ナイト・シャマラン監督最新作『ヴィジット』特集!【前編】

[予習編]M・ナイト・シャマラン監督最新作『ヴィジット』特集!【前編】


どうもジャン黒糖です。

『シックス・センス』『サイン』などで知られる奇才M・ナイト・シャマラン監督の最新作『ヴィジット』が公開され、ポスタービジュアル含めかつてのシャマラン作品が帰ってきた!と彼のファン、シャマラニストまたはシャマラーの間で評判となり、自分としても気になっていた作品なので、今回はそんな彼の作品について特集出来ればと思います。
※”シャマラー”というのは私が大学時代、同じく映画好きの先輩とシャマラン映画について盛り上がったとき、監督好きをそう呼ぼうと盛り上がったので今回、あえて盛り込みました。笑

ヴィジット

 

世間的にシャマラン映画といえば、やはり『シックス・センス』のイメージが強いのだろうか、
・予測不能のストーリーテリング
・どんでん返しのラスト
を得意とする監督、と思われているところがある。
あながち”予測不能のストーリーテリング”については間違っていないとは思うが、ただ、彼のフィルモグラフィーを振り返ってみると、実は後者の”どんでん返しのラスト”は彼のトレードマークとするのは少し違うのでは?と疑問を感じる。
たしかに彼の映画の宣伝文句も大抵が”衝撃のラスト!”などに比重が置かれてしまっているのでそこに期待するのもしょうがないし、それゆえ期待させてしまう分、落胆させがちにもなっている。

 

自分なりに思うに彼の映画は
・そこをそう撮る?!と思わずびっくりしてしまう無駄に冗長的なシーン作り
・笑っちゃっていいの?と反応に迷ってしまう会話劇
・それらに輪をかけたように取り巻く、日常生活に潜む妙な非日常感、違和感
の3点が特徴的な監督さんだと思う。

 

そのため、時にどうしてそんなバランスで撮るのだろ、と疑問を思う場面もちらほらで、映画全体の主張に比べると「そのシーンそんな尺いる???ww」みたいなやけに長めに尺をとった場面があったりして、そうした彼の良くも悪くもな特長が最大限に働き、おそらく観る人の大半を困惑させであろう作品が2006年に公開された『レディ・イン・ザ・ウォーター』であろう。
ただ、そういった時に冗長的な描写の発生がまったく不必要かといったら決してそうでもなく、むしろそれがシャマラン映画の映画に漂う異様な空気感として大きな魅力を担っているのも事実と思うんですよね。

『アンブレイカブル』のオープニング、列車内でブルース・ウィリスが仕掛けるおかしなナンパシーンや、『サイン』の家族みんなで町に出かけた際の彼らの身に起きる妙なできごと、『ハプニング』の主人公たちが風の恐怖から逃げてモデルルームにたどり着いたときの家の中での笑っていいのかなんなのかのクダリ、などなどどれもこれもストーリーにどう直結していくか、はまたま全く関係ないのか?思わず考えてしまう不思議な空気感がある。

 

また、彼の描く映画って物語で描かれる筋も一貫していたりする。
彼の映画で描かれる主人公たちはいずれも過去にトラウマ・コンプレックスを抱えていて、主人公を取り巻く環境または世界がある法則・ルールを明らかにしたとき、それを乗り越えていく
『レディ・イン・ザ・ウォーター』の主人公、クリーヴランド(演じるはポール・ジアマッティ)は家族を失った過去にトラウマを抱えるも水の精ストーリーに出会い世界は変えられると信じ始め、ウィル・スミス原案の『アフター・アース』ではウィル父との関係性にトラウマを抱える主人公・キタイの、ゴーストに成長するまでの姿が描かれる。

と、ざっくり語ったが、
そんな彼の映画のフィルモグラフィーを、『シックス・センス』以降を自分なりに振り返ってみる。
※ごめんなさい、、『シックス・センス』以前の2本は未見につき。。。

 

 

■世界が注目!衝撃監督の登場とミステリーの名手時代

『シックスセンス』(1999年)
シックス・センス

『シックスセンス』はその衝撃のラストが世界的に話題となり、映画界的にも「ラスト10分衝撃の○○!!」みたいな謳い文句がこの頃からよく見られるようになったなぁと。
公開当時はそのあまりにも衝撃的なラストに口外禁止の注意書きが出るなど、なにかと騒がれましたね。
いま振り返ってみると『シックス・センス』のその”ラスト”への伏線の描写はラストを知ったいま改めて観るとちょっと強引に思うとともに、いくらなんでも劇中出てくる死者の姿が”THE死体”然とし過ぎていてツッコんでいいのやらなにやら・・・笑

ただ、それでも”映画的”叙述トリックともいえる映画の語り口は、やっぱり彼の映画の中でもサスペンスとしては一番ウェルメイドに作られた映画だな、思った。

 

 

『アンブレイカブル』(2000年)
アンブレイカブル
そのため割を食ってしまった感があるのが彼の長編4作目にあたる次作『アンブレイカブル』
終盤にはまたもどんでん返しの衝撃ラストが待っているのだが、今回のラストは前作『シックス・センス』の、ああああーーーーーー!!!!と溜飲下がりながら愕然としてしまった衝撃とは異なり、本作のラストは思わず「なにっ?!カイザー・ソゼ!!?」みたいなちょっと疑問の残る展開だった。笑
台詞に頼らず画的に物語を語る推進力は好感持てたものの、映画全体のトーンが前作以上に暗いこともあって、『シックス・センス』で虜になった人の一部には「ん〜…」という評価に落ち着いた印象。

 

『サイン』(2002年)
サイン
彼の過去作品を振り返ってもこの『サイン』という映画は、シャマラン映画に特長的な、妙にクセになる冗長的な場面や、笑っていいのかどうか迷うも思わずクスクスしてしまう演出、サスペンス心をかき立てるコップに入った水やミステリーサークルなどのカルト的要素など、どれを取り上げても彼の奇才っぷりを観る作品としても、また商業作品としても、ある意味『シックス・センス』より一番オススメしやすく収まりよく出来た映画だと思うんですよね。
そんな訳で彼の映画を振り返る上では、もしくはおすすめは?と聞かれることがあればこちらの『サイン』またはラストにびっくりの『シックス・センス』辺りがやはり無難かと。

ただ、そんな20世紀前後に映画界、特にサスペンスジャンルに監督名で売れる監督として新たに現れたシャマラン監督だったが、彼の映画ファン・シャマラーにとって、評価を困惑させる時代がやってくる。

 

■さすが奇才!ん?・・・あれ?この映画やばくね?ナルシズム絶頂時代

『ヴィレッジ』(2004年)
ヴィレッジ
主演のブライス・ダラス・ハワードが好きになったきっかけ映画でもあるため、自分にとっては思い出深い作品。
(ちなみに彼女が出演している今年全世界No.1大ヒットを記録した『ジュラシック・ワールド』はブライス・ダラス・ハワード史上暫定第1位!)

前作『サイン』でいう水やミステリー・サークル同様、いやそれ以上に本作でも黄色のマント、化け物、森から聞こえるサイレン、不吉な赤色、など鑑賞者をかき立てる謎ワードが哲学チックな表現で語られ、散りばめられる。
が!!中盤で明かされるこの村の真実、さらには終盤で明らかになる(シャマランお得意wwwwの)衝撃事実を知るとき、それをガッカリ!!ふざけんな!と捉えるか、いいよいいよシャマラン♪と捉えるシャマラーになるか、で評価が別れる本作。
とはいえ、それまでの謎を散りばめるストーリーテリングやブライス・ダラス・ハワード、ホワキン・フェニックスなどのいまやビッグネームの若いころを観るだけでも決して全面否定はしにくい作品。

ただ結果的には、『シックス・センス』から本作『ヴィレッジ』まで、ディズニー配給で進んできていた彼の作品だったが、本作における彼の方針とディズニー側の考えの違いからディズニー側との関係は不和となった。

 

『レディ・イン・ザ・ウォーター』(2006年)
レディ・イン・ザ・ウォーター
前作で批評的にも興行的にも失敗に終わり、ディズニーから決別という形になりワーナーブラザーズ配給のもと、公開された本作。

ディズニーとの決別の理由は観なくとも納得。
これまでも新作が出る度に困惑しつつも一定の評価してきたが、ついにどう評価していいのか、褒めるべきポイントはどこか、と迷いついに酷評の嵐が巻き起こった、シャマラン作品の中でも彼のナルシズムがぶっちぎりNo.1に炸裂した作品。

前作での盗作疑惑もあり、独自性求められることに対してシャマラン/ディズニー双方とも意識的になっていたこともあったが、脚本をディズニー側に見せるなり注文・批判をしてきたことに激怒したシャマランは結果、これまで4本配給してきたディズニーとの関係を解消、不和となった。

このことは自身の自伝にも書かれているとのことで、ディズニー側を
・個性に価値を置かない
・新しいものを生み出そうというクリエイターを支持しない
と痛烈に批判したそうだ。

シャマラン映画にはいちシャマラーとして毎回楽しみにしているが、この発言については反対である。
(その後『アンブレイカブル』続編構想についてインタビューされた際、サミュエル・L・ジャクソンが出演している『アベンジャーズ』製作のマーベル親会社がディズニーであることから自嘲的に難しいね、と語っていたことからもある程度丸くなったとは思うが。笑)

たしかに、彼と決別した2004〜2006年ごろのディズニーといえば、『美女と野獣』や『ライオン・キング』などのいわばディズニー第2次ルネッサンスが終わり、ピクサーとももめたり、何かと不安定なころだったので一概にどちらを否定することもしがたい。
ただ、それでもディズニーに一貫する作品クオリティを保とうとする姿勢はある訳で、それは決してシャマラン監督の尖ったクリエイティビティを否定するものではないと思うんですね。
世界トップレベルの映画制作会社として優秀な脚本家やカメラマン、音響、そして監督など、あらゆる職種がそれぞれの出しうる最高のアイデアを結集させ、それが最大公約数で映画が出来上がることを望んでいるのが、近年ディズニーの一貫した姿勢かと。
(むかしのウォルト様時代は除く。笑)

脱線してしまいましたが、、、
それに比べると、本作におけるシャマラン監督の姿勢は脚本・演出をとってもかなり独りよがりで、物語は飲み込みづらく、特に登場人物の1人が作家で、彼の書く物語が「やがて世界を変えることになる」と予言されるのだが、その作家自身を演じているのがなんとシャマラン監督自身!!というなんとナルシスト魂!!

というように本作で完全にガッカリしてしまった私としては、実はシャマラン監督は監督・脚本兼任するよりも、強力な脚本家やプロデューサーなど、彼を取り巻く座組みを固めた方が実は更にバケる存在になるのではないかなぁ、と思うんですよ。

そんな訳でディズニーから決別し、ワーナー配給で公開された本作でいよいよ全世界にある意味最大の衝撃を与えてしまった。。

 

『ハプニング』(2008年)
ハプニング
前作のワーナーからもそっぽ向かれて次に撮るは20世紀FOX製作。
個人的に本作は好きな映画だったけれど、やっぱり『シックス・センス』の過大評価以降、徐々に評価が下がり続け、ついに『レディ・イン・ザ・ウォーター』で決定的となったシャマラン監督=独りよがりの奇才感が拭えず、評価的にはもはや半笑いで受け入れられてしまったな、と。

とはいえ、劇中様々な自殺描写が出てくるのだが、そこで描かれるシャマラン映画の十八番、”日常に突如姿を現す非日常感”、本作でいう”人が人として急に機能しなくなる感”のつかみ所のない恐怖描写がなかなかにエグい。
また、この映画で幾度となく出てくる風による自殺現象に対する説明が一切説明が無い、という訳ではなく、いくつか憶測が飛び交うものの自然界で起きていることは人間にはわからない、という結末の付け方もよかった。
自然の考えていることはわからない。けど、それでも人は自分たち自身が出来る”いま”を生きよう、と。
これって自然パニック映画には必要条件ですよね。

そう考えると、彼の作品の中でも比較的胸のすく作品、且つ「これだよこれこれシャマラン〜♪待ってました」と回帰作として個人的にはとてもよかった。
と、いう訳でシャマラン監督完全復活!と期待されたものの、結果的には批評的に悪く、また商業的にも中途半端な結果となってしまったシャマラン監督。
ここまで彼のフィルモグラフィーをざざっと振り返ってみたが、この後彼はどうなるのか、【後編】に続きます。
ではでは〜。


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